昨日、9/30の区長答弁より
本会議において、一般質問があった。
江戸川区も30人学級への取り組みを始めたらどうか?
そのような議員の問いに対して、区長は、どれだけ多くの子どもたちが、この江戸川区にいて、その子どもたち全てに対して30人学級を提供しようとすると、100以上もの新教室を作らなければならないと答弁。教室だけでなく、校舎も造らなければならず、それに対する費用は100億円以上すると。
だからできないとのこと。
日頃、江戸川区は、子どもたちが多く区民の平均年齢が低い「若い区」だと自慢している。それなのに、ここに来て、30人学級ができない理由が、その「増えすぎた子どもたち」にあるというのだ。これはどういうことか。
江戸川区の子どもたちが30人学級という行政サービスを受けられないのは、当事者である「増えすぎた子どもたち」に責任があるというのか。それとも、「増えすぎた子どもたち」を容認し続けてきた区長にあるのか。
区長は今、自分ができない理由を「その増えすぎた子どもたち」に押しつけようとしている。
あれ。今まで若い区だと、子どもたちをダシに使って、自慢してきたのに、ここにきて責任転嫁ですか。これでは、子どもをいい口実に使った、いいとこ取りの行政運営ではないか。
私は、常々、人口を増やすばかりではダメだと言い続けてきた。
「人口は増えました。しかし、そこの住民は貧しい生活をしています」
このような行政がいいのか、それとも、
「人口は増えません。しかし、そこの住民は豊かな生活をしています」
こちらの方がいいのか。
これまでの江戸川区は、表層的な人口増を追い求め、一人一人の生活の豊かさなどには関心を向けることがなかった。
30人学級など、別に新政権ができる前からの、将来的な教育上の課題であった。それに対する何の対策もしてこなかったので、新政権になった途端に、慌てているといったところだろう。
私は一年生議員の時代からずっと、「適正人口論」という発想を行政に投げかけてきた。
私が議員に成り立ての、1995年時においては、江戸川区の人口は59万人であった。
それがあれから14年たった今や67万人である。年平均、5500人ほど増え続けていることになる。
区人口が59万人時でさえ、私の感覚からすれば、江戸川区の人口は多すぎた。過密感があった。実際に住んでいる区民からは、そんな声は一言も聞こえてこなかったが、過密すぎる土地に住んでいることによって、その不利益を受けるのは、間違い無く地域住民である。
今回、江戸川区長は30人学級に対して、否定的な見解を述べた。
子どもたちが多い江戸川区に住む子どもたちは、不幸ではないのか。
昨日の今日の答弁なので、正確な記述ではないが、何でも最近、教育問題において東京23区の内、22区の教育長が集まって行った会合があったそうだ。当然、その中では、今後の30人学級への取り組みについても話し合われたことだろう。
そんな重要だろう会議に出席していなかった1区の教育長とは、どうやら江戸川区の教育長らしいのだ。
江戸川区の教育行政が、新しいことに対して非常に後ろ向きであることの証明である。また未来への変化に対する想像力もなく行政運営をしてきた証明でもある。新政権が誕生し、新政権がマニフェストで国民に対して約束した30人学級への取り組みに対して、今、この江戸川区だけが否定的、かつ消極的なのだ。
今からでも遅くない。江戸川区は、区内の適正人口論を想定し、何人の子どもたちの数ならば、新教室を作らず、新校舎も作らず、つまり大幅な支出増を行うことなく30人学級を実現できるのかと言うことを試算すべきではないのか。
それに合わせて、緩やかに区内人口を減らすような施策を行うべきであって、区内人口を増やし続けて、それが区民の不幸につながるようなことは避けなければならない。
人口が増えて、区民が不幸になる、その具体的な一例が、今回の「30人学級ができない理由」に表れている。それは区長自らが認めたことだ。
もっともっと、江戸川区の人口を減らして、ゆとりある空間、ゆとりある時間を区民に提供し、区民から真に喜ばれる行政を行うべきではないのだろうか。
「人口が増えて良かった」
などという過疎に悩む村長のような単純な発想は、都市の首長には必要ない。
人口が増えすぎては、充分な行政サービスができない。それは今回の答弁で、区長自らが認めた事実である。
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2009年10月01日