右翼という政治的立場の限界
最近あまり使われなくなった言葉です。右翼とか左翼とか。
でも、使いやすい言葉ですし、正確さを欠くかもしれませんが、わかりやすいので使いました。
右翼というと、黒い街宣車で、町中を大きな軍歌を流して走っていたり、新宿・池袋・原宿のような主要駅の前で、やはり大きな黒い車で街宣活動を行っている人たちをイメージすることもあるでしょう。同様に、暴力団の偽装組織として考える人もいることでしょう。
しかし、右翼とは広義の意味では、資本主義社会を肯定し、その徹底を望む人たちも含まれるので、日本人のほとんどが右翼だと言っても、あながち間違いではありません。
ただし、それだと対象者があまりにも増えて訳がわからなくなるので、狭義的意味合いで考えてみましょう。
政治的状況では、自らを右翼とは言わず「真の保守」とか「愛国」のような単語を多用して説明します。近年の政治活動の中で、私はそのような右翼の活動を高く評価しています。
以下、私が共感する運動を列挙します。
北朝鮮による拉致被害者を救出する運動
対馬・竹島・北方領土などの領土に関する運動
チベット・東トルキスタンのように中国に弾圧を受けている人たちへの運動
日本と台湾との共存を目指した運動
在日外国人による地方参政権に反対する運動
一つ一つの運動は、もっともっと高く評価されるべきであり、特に北朝鮮による拉致被害者に対する支援などは、どの政治勢力よりも早く取り組んできた実績は高く評価できます。
中国に対する適切な批判は、彼らだからこそ徹底してできる行為であり、今や中国共産党の下僕のような民主党には到底マネができない芸当だと思います。これについても高く評価します。
しかし、だからといって、私が右翼活動に身を投じて、彼らと全く一緒に行動するかと言えば、それはないでしょう。
なぜならば、彼らはあまりにも純化を求めるからです。純化という考え方が適当でなければ、体質的に持ち合わせた全体主義的傾向に、私自身がついて行けないのです。
具体的には、民主党に対する評価を巡っての論争がありました。
これは政権交代前の話にさかのぼります。私は政権交代を望む立場ですが、右翼的立場の人たちは、民主党政権はとんでもないと否定します。消去法として、支持政党は自民党を選択していたようですが、民主党政権を絶対阻止するという確信に凝り固まった彼らは、私がどんなに政策的な共感を訴えたとしても、聞く耳は持ちませんでした。
「在日外国人による地方参政権については懐疑的だが、今回に限り、私は民主党政権を望む」
そう主張する私に対して、在日外国人による地方参政権に反対するならば、民主党支持はありえないでしょう。なぜあなたは民主党を支持するのか、そのように詰め寄ってくるのです。
「確かに、在日外国人の地方参政権問題だけを取り上げれば、民主党支持はないでしょうが、その政策に対する思い入れは、私の中では優先されない。それよりも現在(当時)の自民党政権の混迷ぶりに辟易している。自民党政権が続くことを望まないので民主党支持だ」
この主張が、政策純化した彼らには理解できないのです。
政策が同じでも、支持政党が違うという人それぞれの考え方の違いによる「当たり前の選択」が理解できないのです。
例えば私が高速道路の無料化を優先政策の一つとして提案すると、それがどれだけくだらない、または取るに足らない政策かを延々と語り続けます。
自分たちの主義主張が絶対的に正しいという思い込みが純粋であるほど、人の心の「これ以上は入ってはいけない領域」に対して、無遠慮に土足で入ってくるのです。
それはまるで、好きな女の子に対して、モーレツにアタックする男の子のようなものです。好きで、好きでとても好きで、その思いは純粋なのだろうけど、純粋であるが故に、自分以外の全ての男性を否定してしまうような行為です。好きな女の子が大好きな男性アイドルに対して、徹底して批判を加えているような行為です。果たしてこの男の子は、好きな女の子をことを振り向かせることができるのでしょうか。
単純に言って、人の心の機微がわかっていない彼らにとっては、彼らの純粋さこそが、自分たちから人を遠ざけてしまう要因になっていることに気がつかないのです。
政策的に共感できる良いこと「も」言っているのに、何てもったいないんだろう。
もしかして、その辺に、政治勢力が広がらない原因があるのではないだろうか。
国政においては、平沼グループを中心とした「愛国政党」が新党として結成される動きがあります。そのようなグループがある一定の政治的勢力を持つことを私は期待します。
私がその中に身を投じることが無くても、その政党に期待する感覚とは、共産党に対する私の感覚と似たようなものです。お互い決して同化しないという立場の違いを理解した上で、同意見の案件については、共闘しましょうという立ち位置になります。
次の参院選挙では、自民党の敗退を望み、民主党の単独過半数を望まず、二大政党制に反するかのように、小さな政党が色々と誕生し、かつ一定の政治勢力が確保される状況を望みます。
その中に限界はあるでしょうが、「愛国政党」が出現することも、私はそれなりに期待しているわけです。
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2010年01月11日