田中けんWeb事務所

江戸川区議会議員を5期18年経験
巨大既存権益組織に斬り込みます!

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日刊田中けん

胡桃沢梅のセリフ

アニメ「君に届け」14話 「くるみ」より


登場人物紹介
黒沼爽子(くろぬま さわこ):この物語の主人公。16歳。明るく天然で純粋で感動屋だが、見た目は超陰気。人の役に立つことが好きで、いつも委員をやっている。小学生の時、友達に「貞子」と呼び間違えられ以来、あだ名が「貞子」となる。「貞子」という名の持つ呪わしいイメージが先走り、周囲から恐れられていた。そんな爽子に対してクラスメイトの風早翔太(かぜはや しょうた)は最初に話しかけてきた。翔太の言葉が原動力となり、自身の努力によって徐々に他のクラスメイトたちとも打ち解けていく。新しい女友達が少しずつできてくる。


胡桃沢梅(くるみざわ うめ):愛称は「クルミ」。風早翔太と出身中学が同じ。可愛い容姿(爽子曰く「フランス人形」)で、男子に人気がある。風早のことが好き。そのため他の女子が風早に近づくことを防ごうとする。高校入学後は風早が気にかけている爽子を、謀略によりおとしめ、風早から遠ざけようとする。爽子に対しては、友達の振りをして戦略的に近づいた。


 さわこの友達が調査した結果、クルミによる謀略の数々が明らかになる。クルミがいる校庭の片隅から立ち去ったさわこが、失意で落ち込んでいたクルミの元を、再び1人で走って訪れた場面から。


爽子「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。やっぱり、まだここにいたんだ」
胡桃「何よ。笑いに来たの。さっき言い忘れた文句。早く言えば。それともまさか同情?」
爽子「私、風早くんが好き。ちゃんと恋愛感情で、風早くんが大好き。さっきは、本当はそれを言いに来たの。クルミちゃんに言いたかったの」
胡桃「ハッ!」
爽子「初めて口に出した。友達に言うのって、こんなにドキドキするんだね。心臓がドキドキする。ドキドキして、自分は本当に風早くんが好きなんだって、実感する。私に言ってくれたとき、クルミちゃん、こんなだったんだ」
胡桃「エッ・・・・・、友達じゃないって。だからあんたと一緒にしないでって言っているジャン」
爽子「緊張しなかった? 少し、恥ずかしくなかった? 少し、嬉しくなかった? 言葉にしたときとか、好きって自覚したとき」
胡桃「うれしい? 何でさわこちゃんに言ったことで私が。邪魔だって言ってんじゃない。何の苦労もなく風早の周りにいるあんたなんて、嫌いだって。さわこちゃんが相手なら、勝てるって思ったよ。だってあたしの方が、さわこちゃんよりずっと、ずっと・・・・・・・・。」
爽子「そうなの。私よりずっとお似合いで」
胡桃「ずっと、風早のこと好きだもん。絶対そうだもん」
爽子「好きなんだぁ。クルミちゃん、凄く凄く風早くんが好きなんだ。私、最初の頃のクルミちゃんよりも、今のクルミちゃんの方がもっともっと可愛いと思う」
胡桃「私が可愛いなんてわかって・・・・・・・・・。でも、そんなの意味ないジャン。風早が好きになってくれなきゃ、意味ないジャン。知ってるよ。風早が私のこと好きじゃないのぐらい、知ってる。ずっと、ずっと見てきたんだから。何で戻ってきたの。あんたの前でこんな、こんなふうに泣くなんて」
爽子「クルミちゃんは、風早くんのいいところとか、全部知っているから。そういうのクルミちゃんとだったら話し合えるから」
胡桃「あんたなんて大っ嫌い」
爽子「私がクルミちゃんをうらやましかったのは、きっと顔立ちとか雰囲気とか、お似合いだからとかだけじゃない。きっと風早くんに恋するクルミちゃんを可愛いと思ったから」
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 私が2期目か3期目の時、ある議員から、同じようなことを言われた記憶がある。
「タナカケンはいいよな。たいして活動もしていないのに、票がたくさん入るんだから」
 その議員から見たら、私の方が全然活動をしていないように見えたようだ。別に私は反論もしなかった。その議員からはそのように見えたのだから、それはそれで仕方が無いことなのだと自分に言い聞かせた。


 この作品は、人の努力が必ずしも報われないことを物語っている。どんなに長い期間、どんなに汗をかくほど努力しても、報われない事実を教えてくれている。
 ポッと出の新人が、自分の大好きな人をさらってしまうかも知れない状況を、クルミちゃんはきっと許せなかったに違いない。しかも、その新人が、どうみても自分より劣る人間にしか見えないのにも関わらずだ。


 政界は嫉妬が渦巻く世界である。
 努力したのに当選できなかった。努力もしていないのに当選した奴がいる。努力しても票が伸びなかった。ポッと出の新人が当選できたのに、経験がある自分が当選できなかった。あんな新人に何ができる。などなど。裏にある本音を聞けば、恨み節のオンパレードである。
 でも、それもこれも有権者がお決めになった結果である。「選ばれる側」からすれば、たとえ選ばれなかったとても、何も文句は言えない。何も文句が言えないのは知っているからこそ、選んでくれなかった人に対してではなく、選ばれた人に対しての恨みが募る。


 地方選挙よりも国政選挙のように選挙が大きくなれば大きくなるほど、本人の努力とか全く無関係の力学により選挙結果が決まってしまうこともある。そんな物だと言ってしまえばそれまでだが事実そうだ。


 比較論で言えば、日本は「まだ」努力が報われる社会だと思う。もちろん、努力が完全に報われる社会などは無いのだが、まだ努力を評価してくれる風潮が、この日本社会には多い。
 しかし、それは同時に、才能を評価しない社会であるとも言える。


 学校教育において、50分の作業時間内で、20分で作業を終えてしまい、残り時間を遊んでいた子どもと、50分かけて必至に作業して、やっと作業を終えた子どもと、先生はどのように評価をするのだろうか。
 学校教育だけでない。会社における仕事ぶりについても同様である。早く仕事を終わらせて遊んでいる従業員と、仕事ぶりは遅いが、精一杯働き続けている従業員とでは、経営者はどちらを評価の対象とするのだろうか。


 努力はその過程が明らかになるまでは評価の対象にはならない。あざとい人間は、それをよく知っているから、「評価者」の前では、必至に努力していることをアピールしている。ただし、この「評価者」とは有権者のことではなく、往々にして、政党の有力者である。


 どんなに努力しても、結果が付いてこなければ「意味ないジャン」
 どんなに努力しても、どんなに周りから評価さても、自分が一番評価して欲しい相手から評価されなければ「意味ないジャン」
 クルミちゃんは、その厳しい現実と向き合って、もがき苦しみ、きっと今は自己嫌悪になっていることだろう。どんなに努力しても、どんなに頑張ってみても、それが形となって報われなかったときに、人はクルミちゃんの純粋な思いに共感し、謀略を免罪にしてまでも、クルミちゃんに感情移入するのである。


(近々、この「君に届け」が実写化されるそうです。私は見に行きます)




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2010年01月13日