「脱官僚」の最終形態は、自らの逮捕も恐れず検察を改革すること
民主党のスローガンは「脱官僚」
それならば、当然、検察改革も視野に入れた改革でなければ意味がない。
今、旧態依然の官僚組織は、検察を正に霞ヶ関代表として前面に押し立て、民主党潰しに出ている。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20100119/dms1001191627009-n2.htm
これに対して、民主党の議員各位は、総理大臣をはじめとして、まるで他人事のように中立を装っている。総理大臣は、自分の監督下にある検察が小沢一郎幹事長と対峙していることについて、何か影響を与えるのではないかという批判に、だんまりを決め込んでしまっている。実際は、監督下でも何でも無く、独自に動いている官僚組織であるにも関わらず。
果たしてそれで良いのか。
自分の組織の幹事長が、逮捕されるかも知れない。これこそ民主政治に対する挑戦だという認識を持って、徹底して擁護する、同党議員がどれだけいるのか。
まるで腰抜け議員の集まりではないか。
植草一秀氏がブログの中で書いている文章をそのまま引用する。
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-b02f.html
そもそも、日本の警察、検察制度の最大の欠陥は、警察、検察当局に巨大な裁量権が付与されている点にある。
①犯罪が存在するのに不問に付す裁量権、
②犯罪が存在しないのに無実の罪を着せる裁量権、
が捜査当局に付与されている。
これが、警察、検察当局の巨大利権になっている。
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あたかも検察権力の「絶対正義」を信じて疑わないマスコミ・国民も多いと思うが、志布志事件や足利事件や布川事件を見ても明らかなように、検察の歴史とは、冤罪を犯し続けてきた歴史でもある。
今の民主党の議員たちは「参院選挙で負けるのは嫌だよね」とばかり、自分たちの保身と党の保身を第一に、小沢氏を切り捨てようとしか見えない。もっと議員としての意地を見せたらどうなのか。少なくとも同じ政党に所属する仲間に対して、それを守ろうとする気概はないのか。
今、官僚たちは「脱官僚」のスローガンに必死に抵抗すべく、警察・検察を武闘集団として、正当なる選挙で選ばれた議員に対して、その牙を向けている。
民主党の森ゆうこ議員は「これは検察をトップとする官僚機構と、国民の代表である民主党政権との全面的な戦争だ」と発言したらしい。
それが事実ならば、勇気ある発言である。正にその通りだ。
国家における建前の最高権力者(小沢一郎氏)と国家における実質的かつ裏の最高権力者(検察権力)による全面戦争において、我々国民がどちらに与すべきなのか、一人一人のセンスが問われている政治劇だと認識されたし。
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2010年01月20日