裁判員裁判の現状と問題点
4/10 大阪にて行われた陪審制に関する勉強会に出席しました。そこで、高山巌弁護士から、今行われている裁判員裁判の現状と問題点についての講演をいただきました。簡単ですが、ご紹介します。
2009年5月21日 裁判員裁判開始
2010年3月31日 約1700件の起訴 判決は200件
裁判員裁判が行われる裁判所は、全国で60ヶ所。
全ての地方裁判所の裁判員が関わる裁判で判決が出ている。
毎月約200件の起訴がされている。
裁判員裁判が導入される以前は、年間どれくらいの件数が裁判員裁判の対象となるかという議論があった。年3000件ぐらいではないかという予想に反して、2010年5月20日の開始一年目には、約2000件強になる見通し。
なぜ対象裁判が予想に比べて減ったのか。
その理由は、検察が起訴に対して控えめな対応をしているから。
例その1。ナイフを使って人の腹を刺した事件。全治三週間の怪我。腹を刺したのだから、死んでしまうことも考えられるわけで、これまでのケースで言えば、検察は殺人未遂で起訴していただろう。ところが検察は、単なる傷害罪で起訴した。
本来、立場が異なる弁護士でさえ、殺人未遂が妥当だと思えるようなケースでも、この様になってしまっている。
例その2。強盗致傷という罪がある。単なる強盗ではなく、強盗時において、被害者などに怪我をさせてしまった場合の罪。最高刑は無期懲役。本来ならば裁判員裁判の対象事件。しかし、実態は、窃盗と傷害という2件の罪に分けて起訴することで、裁判員裁判の対象事件から意図的に外している。
(裁判員裁判の対象事件は、最高刑に死刑か無期懲役がある事件と、故意の犯罪行為で人を死なせた事件に限られる。例えば殺人罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪、危険運転致死罪など)
例その3。現住建造物等放火罪。人の住んでいる建物に火をつける罪。最高刑は死刑。家の前にある段ボールに火を付けて、当然それは家にまで燃え広がることが予想されるにも関わらず、直接的に家に火をつけたわけではないという理由で、器物損壊罪での起訴。
なぜ検察は、控えめな起訴しかしないのか。つまり裁判員裁判によって、自分たちが起訴した事案がひっくり返ることに恐れているから。(検察にとっては、起訴した事件が、減刑されたり無罪になったりすることは、自分たちにとっての失点だと考えている)
例その4。2010年4月9日 asahi.comより
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大分市内の20代女性が性的暴行を受けてけがをした事件があり、捜査した大分県警が、被害者の意向をくんで裁判員裁判の対象となる強姦(ごうかん)致傷容疑での立件を見送り、強姦容疑で男を逮捕、送検していたことが9日、捜査関係者への取材でわかった。女性は当初、厳罰を望んでいたが、強姦致傷罪が裁判員裁判の対象と知り、「人前にさらされたくはない」と県警に不安を訴えていたという。
性犯罪を巡っては裁判員制度が導入される前から、被害者のプライバシーをどうやって守り、配慮するかが課題となっていた。今回は被害者の裁判員裁判に対する懸念が立件内容に影響を与えた。
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もちろん被害者の意向もあっただろうが、事件の背景には、検察としても利害が一致する同様の思惑があった。しかし、そのような検察事情についての報道は、asahi.comには書かれていない。
対象事件が多い東京と大阪と千葉。
東京は人口が多いから。
大阪は強盗が多い。強盗だけならば裁判員対象事件とならないが、強盗に伴って誰かが怪我をすると、強盗致傷となって、裁判員裁判の対象になる。あと関西空港があるので、麻薬・覚せい剤に関する事件が対象となる。
同様の理由で、千葉も成田空港があるので、裁判員裁判の対象事件は多い。
裁判員の出頭率に関する数字のマジック。
2009年8月~11月末の裁判員裁判に基づくデータ(最高裁発表)
候補者7423人→呼び出さない措置2157人。つまり裁判員になることに理由をもって拒否した人
残り5266人→直前になって都合が付かず呼び出し取り消しを求めた人1665人。
残り3601人→出席3071人。
裁判員裁判が導入された当初、2009年8月3日時点では、各種メディアは、出頭率96%と書き立てた。しかし、それとてドタキャンした場合のみを出頭しなかった者として数えた率であって、最初の候補者から出頭率を算出すると、実際には、3071/7423=41.4%しかない。
今後、正当な理由なしに選任手続きを欠席した候補者を「10万円以下の過料に処する」と定めている罰則規定はあるが、これまで適用例はないことから、今後は平然と出頭拒否したり、ドタキャンする者も増えてくることが予想される。
つまり、裁判所と報道機関は、90%以上の数字を提示することで、この裁判員制度が、意外と順調に行われているというイメージを意図的に世論に対して植え付けようとしている。
(まさに、数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使うという典型例)
積み残し問題。
前述したように、
2010年3月31日 約1700件の起訴 判決は200件
裁判員裁判は、非常に滞っていて、スムーズに判決が出ていない。これでは制度が破綻するのではないかという懸念がある。よって、なるべく裁判員裁判をスムーズに進行させるために、公判前整理手続ということが行われる。
公判前整理手続では、何が行われるのか。
争点と証拠の整理。審理計画の策定。
しかし、これは当日判断を行う裁判官も参加して行われるため、事前に予備知識を持たない裁判員と裁判官では、法律の知識もさることながら、担当事件についての予習をしている裁判官との情報格差が開いてしまう。よって、今でも裁判官による判決への誘導が懸念されているのに、更に裁判官が判決を誘導しやすい条件が整ってしまう。
更に、自分の事件でありながら、この手続きにおいては、被告人は参加できない。つまり被告人不在で、実質的裁判は進行してしまう。これでいいのか。
また裁判所で裁判員は大切なお客様状態で扱われる。中には、裁判員が帰る際、エレベーターの所まで裁判官がお見送りをすると言う事例も報告されている。つまり、このような「お客様扱い」することは、裁判官の誘導に対して、異を唱えない従順な裁判員を期待しての演出ではないだろうかと思えてしまう。この様な裁判員への対応で、真に対等な立場で自由な議論が裁判で行われるのだろうか。
裁判員の記者会見のコメントで、関係者がヒヤリとするようなコメントが出されている。
「裁判長が全然言うことを聞いてくれなかった」
「裁判官から、このような場合は殺意があるんですと言われてしまい、もう何も言えなかった」
このように、内部の議論では、実際に裁判官による誘導があるにも関わらず、もしそれが明らかとなってしまい、「裁判を誘導する裁判官」のレッテルが貼られることは、それはそれで、裁判員裁判の根本を揺るがすと言う意味で、裁判官にとっては不名誉なことになってしまうからだ。
なるべくスムーズに裁判を終わらせたい「知識も経験も事前情報もある裁判官」が、遅々として進まない議論に参加していたら、裁判官に対して誘導的発言をしてしまうことは当然と言えば当然の結果である。ここでも、審理計画に沿って、短期間に裁判を終結させようとしてしまう制度上の制約や、裁判官が議論に参加するという裁判員制度の根本的欠陥が、ここにも表れてしまっている。
だからといって、裁判官も露骨な誘導はできないので、「お客様扱い」の裁判官に対して、どのように接するべきか、その難しさが問われている。
2009年5月21日 裁判員裁判開始
2010年3月31日 約1700件の起訴 判決は200件
裁判員裁判が行われる裁判所は、全国で60ヶ所。
全ての地方裁判所の裁判員が関わる裁判で判決が出ている。
毎月約200件の起訴がされている。
裁判員裁判が導入される以前は、年間どれくらいの件数が裁判員裁判の対象となるかという議論があった。年3000件ぐらいではないかという予想に反して、2010年5月20日の開始一年目には、約2000件強になる見通し。
なぜ対象裁判が予想に比べて減ったのか。
その理由は、検察が起訴に対して控えめな対応をしているから。
例その1。ナイフを使って人の腹を刺した事件。全治三週間の怪我。腹を刺したのだから、死んでしまうことも考えられるわけで、これまでのケースで言えば、検察は殺人未遂で起訴していただろう。ところが検察は、単なる傷害罪で起訴した。
本来、立場が異なる弁護士でさえ、殺人未遂が妥当だと思えるようなケースでも、この様になってしまっている。
例その2。強盗致傷という罪がある。単なる強盗ではなく、強盗時において、被害者などに怪我をさせてしまった場合の罪。最高刑は無期懲役。本来ならば裁判員裁判の対象事件。しかし、実態は、窃盗と傷害という2件の罪に分けて起訴することで、裁判員裁判の対象事件から意図的に外している。
(裁判員裁判の対象事件は、最高刑に死刑か無期懲役がある事件と、故意の犯罪行為で人を死なせた事件に限られる。例えば殺人罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪、危険運転致死罪など)
例その3。現住建造物等放火罪。人の住んでいる建物に火をつける罪。最高刑は死刑。家の前にある段ボールに火を付けて、当然それは家にまで燃え広がることが予想されるにも関わらず、直接的に家に火をつけたわけではないという理由で、器物損壊罪での起訴。
なぜ検察は、控えめな起訴しかしないのか。つまり裁判員裁判によって、自分たちが起訴した事案がひっくり返ることに恐れているから。(検察にとっては、起訴した事件が、減刑されたり無罪になったりすることは、自分たちにとっての失点だと考えている)
例その4。2010年4月9日 asahi.comより
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大分市内の20代女性が性的暴行を受けてけがをした事件があり、捜査した大分県警が、被害者の意向をくんで裁判員裁判の対象となる強姦(ごうかん)致傷容疑での立件を見送り、強姦容疑で男を逮捕、送検していたことが9日、捜査関係者への取材でわかった。女性は当初、厳罰を望んでいたが、強姦致傷罪が裁判員裁判の対象と知り、「人前にさらされたくはない」と県警に不安を訴えていたという。
性犯罪を巡っては裁判員制度が導入される前から、被害者のプライバシーをどうやって守り、配慮するかが課題となっていた。今回は被害者の裁判員裁判に対する懸念が立件内容に影響を与えた。
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もちろん被害者の意向もあっただろうが、事件の背景には、検察としても利害が一致する同様の思惑があった。しかし、そのような検察事情についての報道は、asahi.comには書かれていない。
対象事件が多い東京と大阪と千葉。
東京は人口が多いから。
大阪は強盗が多い。強盗だけならば裁判員対象事件とならないが、強盗に伴って誰かが怪我をすると、強盗致傷となって、裁判員裁判の対象になる。あと関西空港があるので、麻薬・覚せい剤に関する事件が対象となる。
同様の理由で、千葉も成田空港があるので、裁判員裁判の対象事件は多い。
裁判員の出頭率に関する数字のマジック。
2009年8月~11月末の裁判員裁判に基づくデータ(最高裁発表)
候補者7423人→呼び出さない措置2157人。つまり裁判員になることに理由をもって拒否した人
残り5266人→直前になって都合が付かず呼び出し取り消しを求めた人1665人。
残り3601人→出席3071人。
裁判員裁判が導入された当初、2009年8月3日時点では、各種メディアは、出頭率96%と書き立てた。しかし、それとてドタキャンした場合のみを出頭しなかった者として数えた率であって、最初の候補者から出頭率を算出すると、実際には、3071/7423=41.4%しかない。
今後、正当な理由なしに選任手続きを欠席した候補者を「10万円以下の過料に処する」と定めている罰則規定はあるが、これまで適用例はないことから、今後は平然と出頭拒否したり、ドタキャンする者も増えてくることが予想される。
つまり、裁判所と報道機関は、90%以上の数字を提示することで、この裁判員制度が、意外と順調に行われているというイメージを意図的に世論に対して植え付けようとしている。
(まさに、数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使うという典型例)
積み残し問題。
前述したように、
2010年3月31日 約1700件の起訴 判決は200件
裁判員裁判は、非常に滞っていて、スムーズに判決が出ていない。これでは制度が破綻するのではないかという懸念がある。よって、なるべく裁判員裁判をスムーズに進行させるために、公判前整理手続ということが行われる。
公判前整理手続では、何が行われるのか。
争点と証拠の整理。審理計画の策定。
しかし、これは当日判断を行う裁判官も参加して行われるため、事前に予備知識を持たない裁判員と裁判官では、法律の知識もさることながら、担当事件についての予習をしている裁判官との情報格差が開いてしまう。よって、今でも裁判官による判決への誘導が懸念されているのに、更に裁判官が判決を誘導しやすい条件が整ってしまう。
更に、自分の事件でありながら、この手続きにおいては、被告人は参加できない。つまり被告人不在で、実質的裁判は進行してしまう。これでいいのか。
また裁判所で裁判員は大切なお客様状態で扱われる。中には、裁判員が帰る際、エレベーターの所まで裁判官がお見送りをすると言う事例も報告されている。つまり、このような「お客様扱い」することは、裁判官の誘導に対して、異を唱えない従順な裁判員を期待しての演出ではないだろうかと思えてしまう。この様な裁判員への対応で、真に対等な立場で自由な議論が裁判で行われるのだろうか。
裁判員の記者会見のコメントで、関係者がヒヤリとするようなコメントが出されている。
「裁判長が全然言うことを聞いてくれなかった」
「裁判官から、このような場合は殺意があるんですと言われてしまい、もう何も言えなかった」
このように、内部の議論では、実際に裁判官による誘導があるにも関わらず、もしそれが明らかとなってしまい、「裁判を誘導する裁判官」のレッテルが貼られることは、それはそれで、裁判員裁判の根本を揺るがすと言う意味で、裁判官にとっては不名誉なことになってしまうからだ。
なるべくスムーズに裁判を終わらせたい「知識も経験も事前情報もある裁判官」が、遅々として進まない議論に参加していたら、裁判官に対して誘導的発言をしてしまうことは当然と言えば当然の結果である。ここでも、審理計画に沿って、短期間に裁判を終結させようとしてしまう制度上の制約や、裁判官が議論に参加するという裁判員制度の根本的欠陥が、ここにも表れてしまっている。
だからといって、裁判官も露骨な誘導はできないので、「お客様扱い」の裁判官に対して、どのように接するべきか、その難しさが問われている。
2010年04月11日