執行部報告について
8月10日(火)に子育て・教育力向上特別委員会があった。
7月20日の日記にも関連するのだが、最近、委員会に出席していて、執行部報告のあり方について提案がある。
まず、どんな報告であっても、簡単で良いから、紙に書いて報告すること。口頭での報告は、紙での報告を前提に、その補足として行うこと。
職員が手を抜いているのか、
「お手元にペーパーはありませんが、口頭にて説明させていただきます」
この様な決まり文句で始まる、口頭のみの報告が多すぎる。
少なくとも、事実関係と数字に関しては、常に紙での報告が欲しい。
たいした報告内容が無かったとしても、紙に書いてあれば、それを読み上げるだけの口頭説明でも構わない。とにかく、紙ベースでの報告を基本として、もう一度、執行部報告そのものを見直してはどうだろうか。
全てを紙ベースで報告しろというのではない。示された事実に対する評価や対策などは口頭説明でも構わないが、事実関係や細かい数字まで口頭のみで報告されたのでは、聞いている方としては理解が難しい。
私の隣に座っている真面目な議員さんが、必至にメモしている様を見て、(ちなみに私はメモなどしない)執行部が、しっかりと数字など、紙に書いて報告していれば、このようなことを一々、議員がメモする必要もないのにと不満に思う。
あと執行部の報告は、事実の報告と、それに対する評価や対策などの報告は、意識的に分けて報告するように。
事実の報告については、それを聞いた議員は否定などできない。しかし、評価や対策については、色々な意見が出てくる。それにも関わらず、執行部が、その道の権威者として、「1つだけ」を発言すれば、それが、唯一の評価であり、対策であるかのように、聞いている議員が錯覚しかねない、またはそのように思うかも知れない。
これは一種の思想誘導にならないだろうか。評価や対策に関しては、常に議員の意志の尊重すべく、主流としての考え方と同時に、非主流としての考え方も並列して紹介しながら、それらの問題について、深く議員が考えられるような報告を心がけるべきだろう。
執行部は確かにその分野に専門的に関わっている人たちではあるが、その専門家達が、議員の意見を誘導してしまえば、それは現在の裁判員裁判に関わる権威者としての裁判官の存在と変わらない。そのように機能してしまえば、議員は自由に発想した意見が言えなくなってしまう。
私は常々言うのだが、日本テレビ系列で行われている「行列ができる法律相談所」のように、権威者である弁護士であっても、見解が分かれるような演出が望ましいと思っている。
逆に、NHKの「バラエティー生活笑百科」のように弁護士が一人しか出てこない演出では、弁護士の発言が絶対視されてしまい、そこに素人が口を挟む予知はなくなってしまう。
よって、執行部報告とは、それぞれ違った見解を持つ権威者の意見などを紹介することによって、議員の自由な発想や判断の一助になるように心がけながら、執行部報告をすべきであろう。そのような報告をしようとする限り、様々な意見を調査研究する機会にもなるであろう。執行部と言えども、外部の研究者たちの意見について、より深く勉強することが求められるようになるのだと思う。
委員会に出席する議員とは、執行部報告に対して「はいそうですか」と何でも納得する従順な発言者ばかりではない。
このように執行部報告をしっかりさせるためには、何よりも当該委員会の委員長による意識改革が必要である。
委員長よ、あなたは区職員から、舐められていますよ。
2010年08月12日