北の地で日本人が去った島は、北方領土だけではなかった。
世界を旅し、日本を旅すると、必然的にその地方に関わる歴史に興味を持つようになる。
今回、礼文島に旅してみて、改めて隣国であるロシアに興味を持った。北海道には何度も行ったことがあるし、韓国やタイなど、隣国としての外国にも何度となく行ったことがあった。
しかし、北海道からは最も近い隣国であるロシアに、私は一度も行ったことが無い。稚内からはサハリン航路が出ていて、サハリンのコルサコフとを5時間30分でつないでいる。
実際にロシアに旅行しようとなるとビザを取ったり、面倒な作業が多々必要となり簡単に行ける外国ではない。しかし、距離的にはとても近い国なのだから、興味を持つのは当然と言えば当然である。
よって、来年の2011年は、もし機会があれば私はサハリンに行ってみようと思っている。
さて、このようにサハリンに対して思いをはせて色々と調べてみると、かつて南サハリンは南樺太、または樺太と呼ばれ、日本領であった。それだけではなく、サハリンの南西には、モネロン島、当時の海馬島(かいばとう)と呼ばれる島があり、1941年には751人の日本人が住んでいた。しかし、終戦後まもなくソ連軍の略奪や暴行を恐れ、全島民が一丸となって島を脱出して、今では無人島となったという。
このようなことも私は全く知らなかった。旅は多くの知識を私に与えてくれる。
2010年08月27日