禁煙化が遅れているのは、取調室だけではない
取調室:全面禁煙 来春までに全都道府県で実施
(毎日新聞 2010年11月11日 2時30分)
警察署の取調室で全面禁煙化が急速に進み、来春までに全都道府県で達成される見通しになった。警察庁によると、公共施設では全面禁煙が進んでいるが、容疑者と向き合う取調室は遅れていた。
警察庁は昨年7月、取調室の禁煙化を検討するよう全国の警察に要請。10月現在、38府県警と警視庁、皇宮警察が禁煙を実現した。残る北海道、千葉、栃木、和歌山、福岡、熊本、長崎、宮崎の計8道県警でも来春までに禁煙にする。禁煙は、03年に健康増進法が施行されたのを受けて公共スペースで進んでいた。【中里顕】
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逮捕、身体拘束により、留置場にての生活を余儀なくされる被疑者は、週に6日間、運動の時間と称して15分ほどの時間が権利として与えられる。
平日と土曜日の朝7時の食事が終わった適当な時間を見計らって、運動の時間が始まる号令がかかる。
被疑者達は、同行する刑務官の数を超えない範囲で、通常5人までのチームに分けられる。一部屋の被疑者の数は通常3人だが、2人とか1人のように定員以下の場合もある。必然的にチーム編成は、1.5部屋または2部屋合同となる。この時間は、同じ部屋ではない者とも顔を見ながら話ができる、一日で唯一の時間帯となる。
厳重に管理されながら、被疑者達は順々に檻から外に出させられる。体調が悪いなどの任意の理由により、檻の外に出ることを拒否することもできる。つまり運動の時間は強制ではない。檻を出てから、運動ができる場所までの移動は約20メートル。そこまでの道のり分だけ散歩ができる。
そこは鉄格子に囲まれたベランダのような場所で、部屋と言うにはあまりにも外的環境に対して無防備な場所だ。雨が降っていれば雨に濡れ、雪が降っていれば雪が積もるような場所だ。それでも外気に触れられる場所なのだから、短時間とはいえ、多くの被疑者にとって、退屈な日々の中では貴重な時間となっている。
ベランダのような、その場所に移動した瞬間、刑務官はタイマーをきっかり15分にセットする。被疑者は真っ先に早い者から順に、電動ひげ剃りで髭を剃り始める。備え付けの防錆ガラスの前に立って、必至に髭を剃る。髭を剃り終わったら、電動ひげ剃りを分解して、歯の部位をブラシで綺麗に掃除する。その後、歯に消毒液をかけティッシュでそこを拭く。再び電動ひげ剃りを組み立てて、ひげ剃りは終わる。順番待ちをしている次の者にその機械をわたす。
ひげ剃りが終わった後、希望する被疑者には喫煙が許される。もちろん、タバコと言えども私有財産である。金を持っている者はタバコが買えるが、金を持っていない者はタバコが買えない。よって貧乏だと喫煙できない。逮捕されることで衣食住を確保する目的で、留置場に来た一文無しは論外だが、大抵は小銭を持って留置される。その場合、喫煙者は事前に房内でタバコを買って、運動の時間だけ、そこでタバコを吸うことが許される。自分が持っていたタバコを持ち込んで吸うことは禁止されている。それはタバコの形をした別の物である可能性を警察官が否定するためだろうと推測する。
被疑者同士でのタバコのやり取りも禁止である。他人にタバコをあげたり、もらったりすることはできない。これも推測だが、タバコのやり取りができないのは、それが被疑者間の一方的な支配関係、つまりカツアゲになる場合もあるからだろう。またタバコが擬似的金銭となり、房内での博打行為を誘発する可能性を否定するために必要な措置なのであろう。
どちらにしても貧窮者には認められない権利だが、タバコが吸える時間は留置中に存在する。
被疑者が権利として、堂々とタバコを吸っている時間なのだから、職務中でありながら、気がゆるんだ刑務官も一緒になってタバコを吸う。この一日にたった15分しかない、喫煙被疑者にとっては気晴らしになる時間帯が、非喫煙被疑者にとっては、とても憂鬱に時間になる。
そもそもがベランダを少し広くしたような狭い場所だ。どんなに外気にさらされようとも、またどんなに隅の場所に移動しようとも、副流煙は空間全体に流れてくる。きっとこの時間は、非喫煙者である刑務官にとっても苦痛の時間に違いない。被疑者達は、髭を剃ったり軽い運動をしてしまえば、時間内であってもさっさと房に戻ることができる。
しかし、刑務官の場合は、仕事なのだから、どんなに喫煙が迷惑だと感じても、その場を任意に離れることはできない。
被疑者は犯人とは違う。身体拘束を受けているが、推定無罪の考え方により、“犯人ではない者”として、尊厳ある人間個人として、刑務官とは対応しなければならない。
しかし、身体拘束をされている以上、自由は極端に制限される。当然、移動の自由のみならず、飲酒の自由はない。それなのになぜ喫煙の自由は保障されているのだろうか。
そこには、平素の生活を送っている我々が当たり前と思っていることが、一つ一つ、自分たちの権利であることを確認しながら生活させられる場でもある。
運動できる権利
髭を剃ることができる権利
たった週2日とはいえ、風呂に入れる権利
一日3食食べられる権利
服を着られる権利
毛布を使える権利
要求したときに、白湯をもらえる権利
寝られる権利
健康診断を受ける権利
トイレに行ける権利
トイレットペーパーを使える権利
まだまだ他にも、日常生活に潜んでいる、意識していないだけで、実は無意識に行使している小さな権利はたくさんある。
どれも日常生活を送っている者からすれば、たわいもない権利ではある。それでも極端に自由を制限された生活を送っていると、僅かな権利であっても、圧倒的な支配的立場に立っている刑務官の胸先三寸で、
たった一つでもこの権利でも、簡単に剥奪できてしまう。常人からすればたわいもない権利ではあるが、自由を極端に制限された当人にとっては、こんな僅かな権利の制限でも、気が狂いそうになる。取り乱してしまう。
しかし、本人の精神状態がどうにかなるのとは別に、喫煙は副流煙を周囲にまき散らす行為でもある。もし留置場の中に完全分煙の施設があれば、まだ喫煙を許容できるかも知れないが、狭い留置場の中で、重設備が必要となる完全分煙喫煙スペースを確保することなど、スペース的にも予算的にもまず無理だ。もしも喫煙スペースを確保できる空間があるならば、接見室をもう一つ作った方が、接見渋滞解消のため、多くの被疑者から喜ばれるに違いない。
全面禁煙が望ましいのは、取調室だけではない。留置場の中も同様に完全禁煙を行わなくては、被疑者と刑務官の健康を保つことはできない。
私は留置場の中であっても、そこが公共スペースとして認識され、健康増進法が適用されるべきことを強く主張する。
2010年11月14日