住所とは何か。
女性タレント市議の当選「無効」…生活実態なく
(2012年4月20日11時53分 読売新聞)
当選無効の決定を受け、記者会見した立川明日香さん
2月に行われた埼玉県新座市議選で初当選したタレント立川明日香さん(27)が20日、市選挙管理委員会から当選無効との決定を受けた。
市町村議について公選法で定められた「引き続き3か月以上、選挙区内に住所がある」との被選挙権の要件を満たしていなかったとされた。
立川さんは2月19日投開票の市議選(定数26)に無所属で立候補。2067票を獲得し、候補者32人中5番目で当選したが、市民から「市に生活の本拠がない」との異議申し立てがあり、市選管が調査していた。
調査の結果、立川さんは昨年9月20日に東京都練馬区から同市に転入したものの、住民票に記載された住居では、今年2月まで水道が使われておらず、電気の使用もわずか。ガスの契約は当選後と判明したという。
最高裁は公選法の規定について「意思だけでは足りず、客観的に生活の本拠たる実態を必要とする」との見解を示している。
当選無効の決定に不服があれば、告示から21日以内に県選管に審査申し立てを行うことができる。県選管の裁決にも不服があれば、その告示から30日以内に高等裁判所に提訴できる。最終的な決定まで議員の身分は保障される。立川さんは申し立てを行う意向。
立川さんは記者会見し、「居住実態とは何なのかわからない。選管からの説明もなかった。今回の選管の判断は疑問がある」と不満を見せた。立候補の理由は「練馬区と隣接しているなどなじみがあった」と述べた。
所属する芸能プロダクションのホームページによると、テレビドラマやCMモデル、キャンペーンガールとしても活動している。
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「住所とは何か」
こんな命題を出されたら、「何をバカな」と思う人がいるかも知れない。
しかし、どこが住所か、何を持って住所と言えるのかを特定することは、厳密に考えると、意外と難しい。
昔話だが、実は私も以前は区役所に届け出ていた住所と別の場所で、寝泊まりをしていたことがあった。
別の場所とは言っても、そこは区内であって、“区民”には違いなかったのだが、立候補に当たって、虚偽記載などの立候補の要件を満たさないことになり、今回の新座市のように、選挙後、当選無効になりはしないかと心配になって、江戸川区選挙管理委員会(以下、「区選管」と称する)に尋ねたことがあった。
私の場合、寝泊まりしていたのは別の場所だったが、申請した住所には家もあった。毎日のように行ってもいた。生活の大半をそこで過ごしていたわけで、事実上の「政治家事務所」として機能していたわけだが、寝泊まりをしていないと、住所とは言えないのかという問題意識だった。
人の生活スタイルは様々で、忙しいサラリーマンなど、家にはただ寝に帰っているだけという人も少なくない。24時間の大半を会社で過ごす人もいる。ではその人の実態としての住所は、会社なのかと問われれば、それは違う。
多忙な医者は、3日に一度しか家に帰らず、それもただ寝に帰っているだけで、すぐに病院に戻る生活をしている人もいるという。
出張続きで、自宅住所に帰っていないという、超多忙な人もこの世の中にはいるかも知れない。出張3ヶ月のような仕事の場合、出張直前に、住民票を移動したとすれば、今回の事件のように、住所として認められないのだろうか。
今回話題になった、女性タレント市議の場合、タレントという職業柄、撮影現場での寝泊まりを強いられていたのかもしれず、住所の場所に帰っていなかったのかも知れない。
もっと言えば、選挙区内外を問わず、何らかの理由で身体拘束を受けたり、入院による病院生活を強いられ外に出られないとしても、スタッフが立候補に必要な書類を作成し、選管に書類が受理さえされれば、立候補は可能であり、選挙運動の有無にかかわらず、当選もできる。
では、この場合、当選は無効なのか。
厳密に考えれば考えるほど、様々なやっかいな問題が出てきそうな案件なのだが、当時の区選管の見解は単純明快だった。
「書類主義です」
つまり書類さえ虚偽なく整っていれば、区選管は形式主義を採用するのであって、立候補は受け付けるというのだ。実態は関係ないという見解だった。
「実態とは何か」
これだけで大きく面倒で厳密な議論に発展する可能性は秘められている。この厳密でやっかいな「実態論」に巻き込まれない方法として、書類主義=形式主義を採用するというのは、妥当な判断だと私も思う。
しかし、今回の新座市選挙管理委員会(以下、「市選管」と称する)によれば、立候補の条件に必要な3ヶ月以内(この3ヶ月規定も、厳密にはいつからいつまでが3ヶ月なのかは、現在調査中)の住民票の移動はあったにせよ、「今年2月まで水道が使われておらず、電気の使用もわずか。ガスの契約は当選後」という理由で、「居住実態なし」と言えるのか。
居住実態のありなしを厳密に定義するのは、とても難しい。
重箱の隅をつつくような指摘だが、それならば、誰か第三者をそこに住まわせて、水道・電気・ガスを使用していれば、居住実態がありと言えるのか。
私が前述したように、3ヶ月の長期出張中ならば、水道、電気、ガスも使う必要はない。正直、市選管は、とてもやっかいな問題に首を突っ込んでしまい、これから、不毛な労力を消費しなければならないだろう、という感想だ。
この様な問題が起きた背景を確認したい。
新座市議選が行われたのは2月。日本における繰り上げ当選の規定は、3ヶ月以内。つまり5月までの間に、当選者の内の誰かが死亡したり、辞職したりすると、次点者から順に繰り上げ当選となる。
この3ヶ月規定についても、それは選管が当選無効と判断した日が、3ヶ月以内ならば成立するのか、当選無効の決定に不服があり、告示から21日以内に県選管に審査申し立てを行い、更に県選管の裁決にも不服があれば、その告示から30日以内に高等裁判所に提訴して、最終的に当選無効となった日が、3ヶ月以内なのか、いつの日を以て、3ヶ月以内と考えるのだろうか。(常識的に考えれば、県選管の審査や高等裁判所への提訴などを行えば、優に3ヶ月近い日数を要するのであって、市選管が当選無効を決定した日が起点となるとは思うが、厳密にはこれも現在調査中)
当選無効を疑われた本人もさることながら、もし当選無効となった場合のことを考えて、次点で待機している者も、今現在は気が気ではないだろう。結果がどうあれ、当該関係者の身分に関わる問題は、身分に関わる問題だからこそ、より慎重に扱わなければならないし、そこには厳密性が無ければならない。また厳密性を求めれば、どこまでも泥沼のような細かい規定にまで踏み込まなければならず、それだけで多くの労力を消費することになるであろう。
よって、結論を述べれば、現状における私の判断として、当選無効という市選管の判断こそが無効だ。
仮に居住実態が無かったとしても、それは道義的、倫理的問題として、次回の選挙で有権者が判断すれば良いことであって、そのような道義的、倫理的責任を法的責任まで拡大解釈し、議員の身分を剥奪するような決定は、相当無理があると言わざるを得ない。
私は区選管の決定のように、書類主義がスッキリしていて一番良いと思うのだが、この事件の今後の成り行きを見守りたい。
2012年04月21日